「凄ノ王、果てしなき旅」
 数多い私の作品の中でも、「凄ノ王」ほど、連載をしていく上で激しい紆余曲折を経験し、内容の変遷を遂げたものは他には無い。
 「凄ノ王」連載の歴史を辿ってみよう。1979年7月より講談社の「週刊少年マガジン」誌に連載開始、翌年「第4回講談社漫画賞」を受賞、'81年4月連載終了。'85年、角川書店の映画情報誌「バラエティー」に連載再開、'86年3月に終了。'89年5月、同社の低学年層向けのマンガ誌「コミックコンブ」に2回連載。'89年4月より大人向けの小説誌「野生時代」で再開、数回をもって休載。ざっと、こんな具合である。
 これまでの連載は、角川書店より「凄ノ王伝説」というタイトルで全7巻にまとめられ、単行本化されているが、物語は未だに“完結”されていない。一体、どうしてこのような変遷を辿ることになったのかを、話を最初に戻して検証してみよう。
 講談社の「週刊少年マガジン」誌から連載の話を持ち込まれた時、編集部から「一切注文はつけません。今現在やりたいと思っているものを描いて下さい」と言われ、まさにマンガ家冥利に尽きる思いでスタートした。
 「好きなものを描きたい」と思って始めたマンガ家稼業ではあったが、好きなようにやらせてもらえることなど滅多に無い。そもそも雑誌というものは、いろいろな要素から成り立っているので、編集部では全体の内容のバランスを考えながら、売りやすい傾向を模索し編集作業を進めていく。マンガ誌の場合も同様で、他の作品との兼ね合いから「こういう方向の作品をお願いします」と、編集部から厳しい注文をつけられて連載がスタートするのが通常である。
 滅多に無い嬉しい依頼をされた私は大喜びし、当然のことながら張り切った。「これまで自分が描いてきたものとは違う種類のSFに挑戦してみよう」「それは超能力SFだ!」とヒラめいた。いわゆる超常現象や不思議大好きの私(‥‥と言っても、必ずしも本気で信じている訳では無いのだが)は、超能力こそ、マンガの格好のネタではないかと、かねてより考えていた。現実にあり得ない力を発揮する超能力者の話とは、現代版の魔法使いの物語だ。マンガにピッタリのテーマではないかッ!
 もちろん、既にそれまでにも、手塚治虫先生や、石ノ森章太郎先生など多くの先輩マンガ家たちや、SF小説家たちが、超能力をテーマにした作品を発表してきていた。それでも読者を驚かせるイマジネーションをふんだんに盛り込み。ダイナミックな絵柄で迫れば、自分なりの、いかにも永井豪らしい大胆な作品に仕上がるのではと思い、ワクワクしながらこのチャンスに挑戦させてもらうことにした。
 作品のスケールをより大きくするために、神話をからめることを考えた。「古事記」の須佐之男命を復活させるのだ。
 「古事記」に限らず、神話に記された物語の信憑性というものを歴史的に考察した場合、神話というのは実は神々の物語などではなくて、人間の物語に過ぎないのだと考えることもできる。しかし私は、飽くまでも、神話を「神々の物語」と捉え、神々の織りなす壮大なスケールのファンタジーに、私のイマジネーションを駆使してリアリティーを持たせれば、現代の人々の共感を得られるのではと考えた。何といっても、伝来仏教の神々とは違って、須佐之男命は日本の神なのだ。私は、日本の神話を復活させたかった。
 こうして始めた「凄ノ王」であったが、私の中にはひとつの計画があった。それは「ストーリーを最大限にスケールアップできたところで、未完のままで終わらせたい」ということであった。なぜなら、それこそが「神々の物語」にふさわしいと思ったからだ。人間である作者、私がコントロールできないスケールになってこそ、真の意味での“神話”が成り立つと考えたからだ。「作者が完結できない物語を創りたい!」ということが、連載開始時に意図した私の計画であった。
 それ故、編集部から「好きなものを描いて下さい」というありがたい言葉を頂きながらも、最大の敵、八岐大蛇の出現とともに連載を終了させたのであった。
 しかし、連載終了後に「続きはどうなるのか?」という問い合わせが読者からたくさん届き、作者の勝手な思いこみを認めてくれる人が少ないことを、あらためて思い知ることとなった。
 そうするうちに、当時角川書店の社長であった角川春樹氏から「「凄ノ王」の続きをみたい」と言われた。「少年マガジン」の編集部が、あの終わり方を納得してくれていたので、「もう続きを描くことはできないんです」と説明すると、「それなら角川書店で雑誌を用意するから描いてくれ」と頼まれてしまった。こうして「凄ノ王伝説」とタイトルを変えて連載が始まった。しかし、前述したように、それは少年向けコミック誌にではなく、「バラエティー」「コミックコンブ」「野生時代」などへの掲載であった。
 そこで私は、あるジレンマに直面することとなった。作品というものは、掲載誌の影響をモロに受けるものである。各誌はそれぞれ、女性、低学年、大人というように、違う読者層を対象として編集されていたので、作者である私としてはおのずと、誌面に少しでもフィットするような内容を心掛けてしまう。作品は、作者から読者へのメッセージである。相手によりメッセージの内容や伝える方法が変わってしまうことは避けられない。こういった事情で、「凄ノ王伝説」は、「少年マガジン」の「凄ノ王」の作風から次第に離れ、より大人向けのものへと変遷していくことを余儀なくされた。ストーリー構成も話も、より難解で複雑になり、とうとう7巻目で連載は終了することになってしまった。
 この度、再び講談社・コミックスから今回の出版の話を頂いた。描き下ろしを加えて、元の「少年マガジン」版での「凄ノ王」を完結させないかという編集部からの依頼であった。数奇な運命をともにした昔の恋人と再会するような、幸せな気持ちである。
 「凄ノ王伝説」の続編を待っていてくださる読者の方々には誠に申し訳ないのだが、今回は、別バージョンの「凄ノ王」完全版である。物語の必然性から「凄ノ王伝説」の6〜7巻目と、今回の6巻目の内容にダブリが出てしまうことをお許し頂きたい。
 「「凄ノ王」を描くことで、神話を現代に復活させたかった」「物語を未完に終わらせたかった」と前述したが、紆余曲折を経ながらもなお「神々の物語というものには終わりがない」ということを、今回の再編集作業を通して、あらためて痛感した次第である。
「超完全完結版 凄ノ王」第1巻 著者あとがきより

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