永井豪天才マンガ家の作り方教えます! 永井豪、初の自伝的エッセイ 豪氏力研究所

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ヤツは頭の中にやってきた 3歳のときの恐怖体験のおかげで、僕の頭の中には、ずっと鬼が棲みつくことになった。人間と同じような姿形で、頭に角が生えている、それだけが違う存在。もし鬼が実在するとしたら、角には一体何の意味があるのだろう? そういうことをずっと考えていた。その造形といい力強さといい、鬼というキャラクターには、なぜか「いいなあ」と心惹かれるものがあった。


突然、毛むくじゃらの手が
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天井から、こんな顔をした鬼が……。
 気がつくと僕は、板張りの広い広い部屋の中にいた。その広い部屋は、大きな布で仕切られており、布はどこからか吹いてくる風に、かすかに揺れていた。どうやら古い和風の建物の一室で、今にして思えば平安時代のお屋敷のようだった。僕は、ふと天井を見上げた。天井板にはたくさんの節穴があって、じっと見ているうちに、だんだん人の顔のようにも見えてくる。それが面白くて、しばらく天井を見上げていた。すると突然、僕の真上の天井がものすごい音とともに壊れ、僕の体の数倍もある「手」が、僕の頭めがけてまっすぐに掴みかかってきた。手は毛むくじゃらで、長い爪が生えていた。僕は、恐怖に絶叫した。

 これは、まだ3歳くらいのときに見た夢なのだけれど、今でも恐怖感とともにはっきりと覚えている。それくらい強烈な夢だった。あまりのショックに目が覚めて、僕は火が点いたように泣き叫んだ。それを、母親が「夢なのよ? 夢、夢」となだめてくれたことを覚えている。それ以来、夢に出てきた“毛むくじゃらで長い爪の生えた手”は一体何なのだろうと、ずっと頭の片隅に残っていた。もっと大きくなって、本で初めて鬼の絵を見たときに「あ、これだったのか」と納得した。そう、あれは間違いなく鬼の手だったのだと思う。だから、僕が最初に鬼に「出会った」のは、夢の中でだったのだ。

 3歳のときの恐怖体験のおかげで、僕の頭の中には、ずっと鬼が棲みつくことになった。人間と同じような姿形で、頭に角が生えている、それだけが違う存在。もし鬼が実在するとしたら、角には一体何の意味があるのだろう? そういうことをずっと考えていた。その造形といい力強さといい、鬼というキャラクターには、なぜか「いいなあ」と心惹かれるものがあった。架空のモノとして片付けてしまうには、あまりにももったいなかった。いろいろ調べるうちに、西洋にも同じような存在がいることもわかってきた。だから、マンガ家になった僕が、やがて「鬼を描こう」と思ったことは、ごく自然なことだったのだ。

 前にも書いたけれど、僕の最初のシリアスな作品は、『鬼──2889年の反乱──』(1970年)というSF読み切りだ。この中で僕は、鬼は未来に作られる人造人間で、角は人間と区別するために付けられた目印、という設定にした。この角のために、主人公の「鬼」は悲惨な運命をたどることになる。このことは、描いた当時は「われながらいいアイディアだな」というくらいのものだったけれど、「角」の意味についてある程度結論を出した現在、この30年以上前の作品とも、何の矛盾もないことがわかって、奇妙な感じがする。鬼の「角」とは何なのだろうか? これについてはまたあとで触れることにして、ここでは僕の次の「鬼作品」について書いてみたい。


鬼はセクシー?
 僕が次に「鬼」をマンガで描いたのは5年後。秋田書店の少女マンガ誌『プリンセス』から読み切りを依頼されたときのことだ。女の子向けには、何を描いたらウケるんだろうか。いろいろ考えた挙げ句、女の子の潜在意識に、セクシャルなイメージが伝わるモノにしたらウケるんじゃないか、と思いついた。そこで思い出したのが「鬼」だった。鬼の角は、男の子のシンボルを暗示させる。きっと女の子にとって角はセクシーで、インパクトがあって、きっとアンケートで票が取れるんじゃないだろうか。そういうヨコシマな考えで、僕は鬼の話を描くことに決めた。

 もちろん女の子向けなので、まあ形にもよるだろうけれど、あまりナマナマしい形の角はマズイ。それに、“実物”を見たことのある読者も少ないだろうし……でも、小さい男の子のオチンチンなら見たことがあるかな? と、けしからんことを勝手にいろいろ考えた結果、「頭に小さな角の生えた美少年」を主人公にした。実際に絵に描いてみたら、非常に可愛らしい主人公になった。次に、名前だ。やっぱり鬼といえばナニナニ童子だろう、ということで、一番有名な鬼「酒呑童子」をもじって、「手天童子郎」という名前を考えた。鬼についてちょっと調べたりしているうちに、昔の役行者(えんのぎょうじゃ)が善鬼・護鬼という鬼を使いめにしていたことを知って、主人公が善鬼だという設定にした。役行者にゆかりの女の子をヒロインにして、『手天童子』(のちに『邪神戦記』と改題)という短編が出来上がった。

 だが、いざ描いてみるとページも少なくて、充分に鬼の世界を描ききれなかった。それに、やはり女の子に読ませるんだったら、歴史考証を入れるよりも、シンプルにホラーマンガにしたほうがウケたなあ、とも後で反省した。そういうわけで、この『プリンセス』版『手天童子』には、大いに悔いが残ってしまった。ただ、この「手天童子」という鬼の名前は、自分でも非常に気に入っていたので、またいつか描くチャンスがこないものかと思っていた。そうしたら翌年、『週刊少年マガジン』から、何でも好きなモノを描いていいという連載の依頼が来た。

 最初は、すぐに鬼の話を描こうとは思わなかった。だが、『マガジン』での新連載のテーマを考えているとき、突然、あるイメージが僕の頭の中に、バン! と現れた。それは、赤ん坊を口にくわえた、巨大な鬼の顔のイメージだった。「いまのは一体、何だろう?」と不思議に思ったのだけれど、もうこのイメージだけで、「この絵を描きたい!」という欲求が湧き起こってきた。続いて手天童子郎のことが頭に浮かび、鬼の話をまたやろうと思っていたことも思い出した。「そうだ、鬼を描こう!」。例によって、ストーリーは何も考えないまま、僕はそう決めてしまった。

 こうして『週刊少年マガジン』で、再び『手天童子』という連載を開始した。でもこのとき、僕は自分がこの連載のせいで大変な目にあうことは、もちろん予想していなかったのだ。


<第36回/おわり>

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永井豪(ながい・ごう)
1945年9月6日、石川県輪島市に生まれる。石ノ森章太郎氏のアシスタントを経て、'67年『目明しポリ吉』でデビュー。'68年『ハレンチ学園』を連載開始、たちまち大人気を博し、以後現在に至るまで、幅広いジャンルの作品を大量に執筆し続けている。代表作は『デビルマン』『マジンガーZ』 『凄ノ王』『キューティーハニー』など多数。


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