永井豪天才マンガ家の作り方教えます! 永井豪、初の自伝的エッセイ 豪氏力研究所

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悪夢との長い長い戦い 体調は、もう最悪だった。原稿を描き出すと背中にビリビリと来る、波動というか振動が、更に強くなる。毎日必ず、下痢をする。仕事中、周囲に何か怪しいものが来ているような気がして、悪寒がする。そして寝ると必ず、怖い鬼の出てくる悪夢を見るのだ。自分の作品なのに、先の展開が全く読めない。不安で不安でたまらなかった。


ヘンな波動が僕を襲う
 こうして1976年、僕は『週刊少年マガジン』で『手天童子』の連載を開始した。この連載を始めるとき、鬼を描くということのほかに、僕にはもう一つの目的があった。当時、「ヒロイック・ファンタジーをマンガでやりたい!」という野望があったのだ。ヒロイック・ファンタジーとは、簡単に言うと、「剣」と「魔法」の世界を舞台にした英雄譚だ。アメリカでは、『コナンシリーズ』(ロバート・E・ハワード)や『ゾンガー』(リン・カーター)など数多くのヒロイック・ファンタジー小説があり、1970年代になるとそれをコミック化したものが、マーベル出版社を中心に次々と出版されていた。

 このヒロイック・ファンタジーは、現在は日本でも『ドラゴンクエスト』などのRPGやアニメでおなじみの世界だけれど、当時は日本ではなぜかジャンルとして根付いていなかった。マンガ的なイメージの宝庫なのに、どうして日本では定着しないんだろう。僕は何とかヒロイック・ファンタジー・マンガをやりたいと、つねづね考えていたのだ。しかし、日本でやるからには、西洋の設定をそのまま持ってきても面白くない。日本独自の世界観を持ち込みたかった。その意味でも、鬼の世界は、日本のヒロイック・ファンタジーの舞台としてピッタリだと思えた。

 ところが、である。いざ『手天童子』を開始したら、話が勝手にどんどん違った方向へ進み始めた。当初は、現代に生まれた赤ん坊が主人公となって、現代編はそこそこに、すぐに鬼の世界へ旅立たせて、ヒロイック・ファンタジーを展開するつもりだった。でも、行けないのである。ストーリーを考えると、“鬼”というキーワードに引っ張られて、現代でどんどん事件が起き、主人公の仲間が増えたりしてしまう。そして主人公はずっと現代にとどまったままで、ちっとも予定していた方向に話が進まない。いきあたりばったりで描くのは慣れているはずの僕も、一体話がどう進むのか、全くわからなくなり、だんだん不安になってきた。

 仕方なくいろんな鬼を描くと、どれもこれも、迫ってくるくらいに怖かった。作品が怖かったかどうかはわからないが、描いている僕自身が、怖いのだ。それに鬼を描くときになると、ヘンな波動が伝わってくるというか、体がビリビリとしびれる。こんな体験は、『デビルマン』で悪魔を描いているときにもなかったことだ。「あれ? これはなんかヤバイのかなあ」と、僕はゾッとした。


エスカレートしていく悪夢
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鬼になんか負けるもんか! という覚悟を表現。
 また連載開始直後から、頻繁に鬼の夢を見るようになった。これがまた怖くて怖くて、たまらないものがあった。最初に夢に出てきたのは、身長30センチほどの鬼だった。バリ島の像にあるような姿の小鬼だ。夢の中でその小鬼たちが、じっとうずくまって僕を見ている。以前、ある霊能者の人に、僕の守護霊はお坊さんだと言われたことがあるが、そんなお坊さんも出てきた。いかにも豪傑という風体のお坊さんが、「またやってるな、しようがないな」と言いながら、小鬼たちをブシュッブシュッと握りつぶす。「はあ、これは僕を護ってくれているのかな?」と思ったが、それだけ危険な夢のように思えた。

 連載が続くにつれ、夢の中に出てくる鬼はだんだん大きく、そしてどんどん怖くなっていった。眠るたびに、怖い鬼が出てきて僕を脅かした。鬼が、作品を妨害しようとしている──。ひしひしと、そう感じられた。そういう悪夢を見た後は、起きると恐怖から動悸が収まらず、ぐったりと疲れてしまう。だが僕は、マンガ家の性(さが)で「怖かったけど、今の鬼のキャラは、なかなかカッコよかったなあ……すぐに絵に描こう」と、マンガの中に登場させた。すると次には、「何をやっているんだあ!」という感じで、もっと怖い姿の鬼が夢に現れた。その繰り返しで、日に日に僕は疲弊していった。

 そのうち夢の中に、「鬼の世界」の具体的な情景が現れるようになってきた。ある時に見た夢は、こんな感じだ。──僕は、京都の寺町の裏通りのような、石畳の道を歩いている。行く手に大きな石塀と門があって、その上に黒い大きなものが見えている。大仏の頭のようだな、と思ってよく見ると、その頭には角が生えている。鬼の大仏なのだ。「うわ、いかん。鬼の寺に来てしまったようだ」と、僕があわてて引き返そうとすると、門の中から、墨衣を着て丸い笠を被った僧侶たちが現れて、僕を追いかけてくる。必死に逃げるところで、汗をびっしょりかいて目が覚めた。例によって僕は、「あの、“鬼の寺”って面白いな」と疲れた体で考えて、作品の中に描いた。

 今度は、その夢の続きを見た。逃げる僕に向かって、鬼の大仏が動き出したのだ。黒光りした、鉄の固まりのような巨大な足が、ずーんずーんと地響きを立てて、僕を踏みつぶそうと追いかけてきた。疲れ切って、ようやく目を覚ました。しかしその次に寝たときにも、またその夢の続きを見た。夢を見るたびに、場面がエスカレートしていく。僕も負けず嫌いだから、「チクショウ、こんな夢なんかに負けてたまるもんか!」と力を振り絞り、「絶対にマンガに出してやるぞ!」と、またその情景を描いた。夢を見てはその鬼を出し、また夢を見てはその鬼を出し、とやっているうちに、作品に登場する鬼のキャラクターも、場面も、次第に夢で見たものを取り込むようになった。そしてストーリーは、考えもしなかった方向に引っ張られていった。

 体調は、もう最悪だった。原稿を描き出すと背中にビリビリと来る、波動というか振動が、更に強くなる。毎日必ず、下痢をする。仕事中、周囲に何か怪しいものが来ているような気がして、悪寒がする。そして寝ると必ず、怖い鬼の出てくる悪夢を見るのだ。自分の作品なのに、先の展開が全く読めない。不安で不安でたまらなかった。

 後にも先にも、こんなに苦しい連載は初めてだった。そしてこれがいつ終わるのか、僕自身にも、全く想像もつかなかった。


<第37回/おわり>

(c)永井豪/ダイナミックプロダクション2002-2003
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永井豪(ながい・ごう)
1945年9月6日、石川県輪島市に生まれる。石ノ森章太郎氏のアシスタントを経て、'67年『目明しポリ吉』でデビュー。'68年『ハレンチ学園』を連載開始、たちまち大人気を博し、以後現在に至るまで、幅広いジャンルの作品を大量に執筆し続けている。代表作は『デビルマン』『マジンガーZ』 『凄ノ王』『キューティーハニー』など多数。


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