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見せるモノがなくなった僕はやむなく、まだアイディアにもなっていない、イタズラ描き用のスケッチブックを見せた。すると、それをパラパラ見ていたKさんが、突然「あ! これ、これだよ!」と、ある絵を指さした。それは、僕がヒマなときに、デビルマンを女の子にしたらどうなるだろう? と、2点だけ遊んで描いたものだった。 |
『バイオレンスジャック』を描き上げたことで、僕の『デビルマン』に対する贖罪(しょくざい)の気持ちは、一応片が付いた。だから、もうデビルマンの世界を描くことは、しばらくないだろうと思った。『ジャック』に先立って1980年には『新デビルマン』を描いたし、『ジャック』も、単行本の新作描き下ろしや、雑誌で新作読み切りを発表したりしているが、これらはいわばサイドストーリーで、完全に新しい作品ではなかった。しかし'97年1月、三たびデビルマンを描くときがやってきた。 その前の年、当時の『週刊モーニング』(講談社)の名物編集長・Kさんが、連載を依頼にやってきたのが始まりだ。「どういうものを描きましょう?」と聞くと、「何でも描きたいものを描け!」という返事。それで「こんなのはどうですか」と企画を出したら、「違う!」。……え? なんでもいんじゃないの? とビックリしたが、とりあえず別の企画を出すことにした。「じゃあ、こういうのは?」「ダメ!」。一体、僕の描きたいものって何だろう、と半年くらい悩むことになってしまった。 見せるモノがなくなった僕はやむなく、まだアイディアにもなっていない、イタズラ描き用のスケッチブックを見せた。すると、それをパラパラ見ていたKさんが、突然「あ! これ、これだよ!」と、ある絵を指さした。それは、僕がヒマなときに、デビルマンを女の子にしたらどうなるだろう? と、2点だけ遊んで描いたものだった。Kさんは「この、生き生きとした線が最高だ。これを描かなきゃダメだ!」と、いたく気に入ったようだった。「じゃあ、デビルマンの女性版でいいんですね?」「そうそう!」「ストーリーは、まだ何も考えてないんですけど」「これだけキャラクターが立っていれば、話なんかどうでもいいんだ!」。というわけで、スケッチが2枚しかないのに、連載が決定してしまった。 さあ、困った。まず、名前から困った。ストレートに“デビルレディー”というのを考えたが、デビルマンとは別のモノを想像されそうだった。造形がデビルマンの女性版だったし、もっとデビルマンのイメージを持ち込みたかった。最後に、“デビルマンレディー”というのがパッと浮かんだ。「マン」で「レディー」というのはヘンかなとも思ったけれど、デビルマンという種族のレディー、と考えてもらえればいい。これでタイトルも『デビルマンレディー』に決まった。 |
このアイディアのヒントにさせてもらったものに、昔読んだ小松左京さんの短編小説『牙の時代』がある。川に牙の生えた魚が出現する下りから始まって、全生物が一斉に巨大化かつ凶暴化していくという、壮大なSFだ。こんなスケールの大きな話を短編で書いてしまうなんて、なんてモッタイナイ! と僕は以前から思っていた。原始人はゴリラのようにでかく、未来人は細い体で頭でっかち、というイメージがあるように、進化すると生物は華奢になっていく、という共通認識がある。『牙の時代』はこれを見事に覆し、凶暴化へ向かうという逆転の未来予測を立てたところが、ショッキングだった。 『バイオレンスジャック』は、一度滅びた『デビルマン』の世界を、サタンが復活させた世界の物語だった。しかし『デビルマンレディー』では、『デビルマン』とは全く別の作品にしたかった。不動明やハルマゲドンも、出す予定は全然なかった。レディーを不動ジュンという名前にしたのも、不動明の代わりを務めさせるためで、「明は出ませんよ」という意思表示だったのだ。だから『レディー』の中では、現実の世界と同じく『デビルマン』がマンガの本で売られていることになっている。人類全体の進化と、戦争に向かっていく世界を重ね合わせていけば、それだけで充分に面白い話になると思った。 しかし、である。連載を重ねていくうちに、ファンや周囲の人から「いつデビルマンが出てくるんですか?」と聞かれるようになった。やはりデビルマンという名前がついていると、不動明の登場を、どうしても期待してしまうらしい。というか、出ないと納得してもらえないようなのだ。そうなると僕も、「そんなに期待されているのなら、出そうかな」とか、「出せば間違いなく人気がとれるな」とか、考えるようになっていった。 一方でこの頃、僕自身も、作品の先行きに少し不安があった。その不安の原因は、主人公であるレディーだった。とにかく、真面目すぎるのだ。真面目だから無茶な行動はできず、事件が起こると行動が限られる。明のような、完全に強い万能のスーパーヒロインにはなれないな、どっかで倒れるかもしれないな、と感じていた。不思議な話だけれど、自分の生みだしたキャラクターでも、自由自在に動かせるヤツと、そうではなくて勝手に行動範囲を決めてしまうヤツが出てくる。不動ジュンの場合は、後者だった。暴れさせようと思って描いていても、行動にブレーキがかかってしまうのだ。 「よし、不動明を出そう!」と、僕は決断した。実は『レディー』の中で、僕はコッソリ、ジュンを助ける謎の人物を出していた。まだ誰だとも決めてなくて、「こういう人物を出しておけば、あとあと面白くなるだろう」と、例によってカンが働いて出していたのだ。これがいい伏線になった。しかし、『デビルマン』とは別の世界として描いていた以上、すんなり登場させることはできない。なにか、大きなアイディアが必要だった。 <第44回/おわり>
(c)永井豪/ダイナミックプロダクション2002-2003 (c)Go Nagai/Dynamic Production Co., Ltd. 2002-2003 |
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