また、どんなに苦労しても、売れないとダメなのだったら、思いつきで、その場の勢いでわっと描いても、結果が良ければいいんだと、開き直れるようになった。そういう意味では、作品づくりに非常に大胆になれた。一方で、効率が悪くても、自分の中でじっくり煮詰めながら描きたいときは、そうできるようになった。 |
いろんな歴代担当編集者の話を書いてきて、他にも面白い話はたくさんあるけれど、いちいち挙げていくときりがない。そこで、僕が特に印象に残っている編集者の「言葉」を、二つご紹介したい。まず、マンガ家としてのスタイルというか、作品づくりにおいての態度を考えさせてくれたのが、僕がデビューの頃『ぼくら』の編集長をやっていたHさんだ。その言葉とは、本当にたった一言。「マンガは結果だよ」と、これだけだ。 僕は、僕なりに考えた結果、こういうことだと理解した。マンガを描く上で、途中どんなに苦労をしても、結果が出なければダメだ。途中の行程は、関係ない。どれだけ調べものをして、一所懸命考えて描いても、その結果、売れなかったら何にもならない。逆に言えば、途中がどうあれ、売れるマンガを作ったら、その人の勝ち。それがプロなんだと。 この言葉によって、僕はマンガの描き方で悩むことががくんと減った。そしてまず、デビューして間もなかったけれど、アシスタントを雇うことにした。一人で描いて時間が足りなくなり、荒れた原稿を出すよりは、アシスタントを使ってクオリティーの高い原稿を出したほうがずっといい結果が出る、と思ったからだ。アシスタントを雇うにあたっては、まだ早いとか分不相応だとか言われたりしたけれど、そうするのが最善だと判断したから、何を言われても平気だった。 また、どんなに苦労しても、売れないとダメなのだったら、思いつきで、その場の勢いでわっと描いても、結果が良ければいいんだと、開き直れるようになった。そういう意味では、作品づくりに非常に大胆になれた。一方で、効率が悪くても、自分の中でじっくり煮詰めながら描きたいときは、そうできるようになった。どんなやり方をしてもいいんだ、と思うと、非常に楽になった。 デビューしたての頃は、編集者の意見は聞かなくちゃいけないのかな、とか、逆に、他人の意見に流されていいんだろうか、と思い悩むこともあった。しかし、結果が第一だと考えると、迷わなくなった。他人の意見が入って面白くなり、読者が喜んでくれるんだったら、それが一番いい。反対に、自分の意見が絶対に正しいと思ったら、もう何と言われても聞かない。何よりも、読者が喜んでくれるものを作る、それがプロだと考えたのだ。 |
僕にそういうことを言ったのは、Mさんが僕のことを「異端」だと思って、雑誌の硬直化した部分を壊すことを期待していたかららしい。「舗装された道を行くのは、確かに快適だ。しかし、荒れ地や砂利道を進むことこそ有意義なんだ。いばらの道を行け!」と、よくハッパをかけられた。そこで、「よし、いばらの道を進もう!」と、本気で少年マンガのタブーを破ると、「こんなの載せられないよ」とボツにされ、「あんたが一番いばらだ〜!」と頭を抱えることもあったけれど。 でも、Mさんの言ったことは間違ってないと思う。というのは、最近、どのマンガ雑誌を見ても、似た傾向の作家がずらりと並んでいるなあ、と思えるからだ。雑誌ごとのカラーはすごく強いのだけれど、その雑誌だけで見ると、ギャグもあったりショートもあったりするのだが、全部の作品がすごく似た印象を受けるのだ。昔は、雑誌の中にももっとバラエティーがあった。あるときうちの社長が、2冊のマンガ雑誌を見比べて、「これ、半分ずつ作家を入れ替えたら、両方ともすごく面白い雑誌になるんじゃないかなあ」と言ったことがある。僕も、なるほどと同感したものだ。 おそらく、会議がたくさんあって、そこで編集長が「こういうマンガを作れ!」とガンガンやっているのだろう。よく言えば、編集長の意志が隅々にまで行き渡って、雑誌全体の意見が一致しているのだ。そして編集部全体が同一化されると、それはマンガ家に反映されることになる。でも「破壊がないところに創造はない」とよく言われるように、同じようなマンガばかりになっていって、雑誌は大丈夫なのだろうか。この状態が、マンガが、特にマンガ雑誌が売れなくなったと言われる状況と、無関係ならいいのだけれど。僕は、もっぱら「破壊」のほうを期待されて、それに応えて来たから、余計にそう思えるのだ。 当時、いったん「異端」「破壊」の作家というイメージが定着すると、雑誌のほうでも、「なんでもやっていいですから」という殺し文句で仕事の依頼に来るケースが増えてきた。でも、「じゃあ!」と張り切って描くと、前出のMさんと同じく、「これはちょっと……」と言われることになる。「なんでもやっていいって、言ったじゃないですか」と噛みつくと、「まさか、ここまでやるとは思わなかった」。オレを甘く見ているな? オレには常識はないぜ! いや、冗談ですけど。 その点、『スコラ』の編集長のSさんは、肝の据わった人だった。「思いっ切りやってください。私は警視庁に行くのは慣れてますから」と言ってくれたのだ。グラビアの写真のほうで、何度も警視庁に呼ばれているという。そこで、「よし、何としてもこの人を捕まえてもらおう!」と頑張って『バラバンバ』を描いたら、本当に捕まってしまった。 そういう僕なのだけれど、どうでしょう、全国のマンガ雑誌の編集長。今からでも遅くないから、僕にあなたの雑誌を「破壊」させてみませんか? <第64回/おわり>
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