東京三世社雑誌 |
でも,祟られました。「手天童子」描いてた頃ね。仕事を始めようとすると,やけに身体の調子がおかしくなって,終わる頃に治る。それがだんだん激しくなって,アシスタントも,夢でうなされ,吐いたりする奴が続出。飛騨の方へ,鬼のしゃれこうべがあるというので取材に行ったんだよ。呪いがかかるというんだけど,ま,いいや,てな調子で。ところが,出来あがった写真を見ると,なんと,真赤な血糊のようなものや,奇妙な傷がついている。僕らの足もとに,白くエクトプラズムらしきものが巻きついていたり。それ以来,東京に帰ってきても,いつも誰かにつけねらわれてるような気がしてね。 こりゃ気味が悪いってんで,知り合いの坊主にお祓いしてもらうことにした。いざやり始めると,その坊さん,しだいに顔が青ざめてきて,額に油汗たらたら。四十分ぐらい念仏唱えたりした訳だけど。最後に「貴方にのりうつっていた邪悪な霊を,私の方にうつらせることによって,貴方を解放しました」とか何とかでケリ。まあ,効果はあったみたいだ。 (永井先生,淡々とした口調で語って怒られるけど,恐ろしい話ですよ,これは) つまり鬼というのは,人間の霊魂の一形態なんだろうな。それであの“角”というやつが,怒りというか‥‥まあそういう精神ないし心理状態を象徴してるんだね。 “最後にこれから描きたいというものを。” それは‥‥自分の中に芽生えても,どんどん変わっていくものだし,コレだ!と言えるもんじゃないんだなあ。まあ,出す時には,パッと出しますから期待しててください。 |
「SFは楽しい!」 自分の描いたSF作品の中で特に好きなのは『デビルマン』『手天童子』『バイオレンスジャック』かな。SFの楽しさって常識に縛られずに,イメージを広げることができるという点でしょうね。ものごころついた時からSFは,もう大好きなんです。SF映画もよくみたし『エイリアン』と『スーパーマン』が最近ではおもしろかったな。SFって難しく考えられがちだけど,もっと本質的な楽しみ方っていうのが,あると思います。ボクはSF作品を描く場合やはりとっつきやすいところから入って,だんだん難しい方向へ進みます。 |
石森章太郎のコメント バイオレンス,それに伴う不思議な美しさ‥‥相対するこの二つが奇妙に融合している‥‥そんな世界を描かせたら,この人の右に出る者はいないだろう。『デビルマン』しかり『魔王ダンテ』しかりである。今回とりあげたのは『魔王ダンテ』からの一点。『デビルマン』の前身とも言われるこの作品は,加速度的な展開が,我々を魅了した。絵柄も,ダイナミックでシンプル。まさに永井豪の作品の醍醐味を象徴しているかのようだ。 |
SF漫画大隆盛だそうで,まことにけっこうなことですね。まあ発端は「スターウォーズ」「未知との遭遇」あたりのSFブームとやらにあるんでしょうが,漫画というのはSFを最も受け入れやすいメディアですから,映画のようにうわっついたブームだけには終わらないで,しっかりと根を生やしたものになってきているんでしょうね。もっとも,まだまだ完全に定着しているとはいいきれないようなんで,手放しでは喜べないんですけれどもね。SF漫画家と呼ばれる僕としては嬉しいことです。僕のデビュー当時には,こんなにSFが受け入れられるというのは考えられないことでしたからその意味ではうらやましくさえありますね。なにしろ十年前には,いや,もっと前からでしょうけどとてもSF物は受け入れてもらえそうもない状態でして,特に新人がSF漫画描くなんて御法度とさえされていましたからね。僕なんかも泣く泣くギャグ漫画でデビューしたわけで,SF描かせてもらうまでに四年もかかっている。それが,今では新人の方がガチガチのSF描いたりして,それも奇異に感じられずに受入れてもらえるんだからありがたいことです。でも,僕は時々フッと思うんです。漫画ってのは,そもそもSFが本流だったんじゃないかなあって。 |
「超革中」ですか?なつかしいですね。あれは,デビューして3,4年目だったですかね。平井和正さんの少年向けSFのイラストを描いてもらえないかと,出版社から頼まれまして。まあ,今でこそ私も日本SF作家クラブの会員ですけれど,その頃は単なるSFファンにすぎなくて,平井さんとも一面識もなかったんですが,面白そうなんで引き受けたんですよ。そうしたら,出版社を通じて写真が送られてきましてね。これがなんと,ヨコジュンや鏡明氏の写真なんですよ。モデルの顔を参考にしてくれっていうわけ。で,その写真を前にして考え込みましてね。う─んヨコジュンねえ?(ワッハッハッ,ゴメン!)‥‥。まあ,結果としてあんな風にあがりましたが,そういえば,ヨコジュンはあの作品について何もいわないなあ?ひょっとしたら,写真通りに書かれたと思い込んでいるのかな。だとしたら,その方が恐い‥‥! |