永井豪天才マンガ家の作り方教えます! 永井豪、初の自伝的エッセイ 豪氏力研究所
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飛鳥了の不思議 おかしいな、と思い始めたのは、連載も終盤にさしかかってからだった。どうも、物語をリードしているのは、主人公の不動明ではなく、飛鳥了のような気がしてきたのだ。場面によっては、どっちが主役かわからないような感さえある。よく考えると、飛鳥了にはいろいろ不思議なことがあった。


すぐ死ぬはずだった飛鳥了
 アニメ版の『デビルマン』は、脚本を辻真先さんが担当してくれることになった。小学館のパーティーでご挨拶したことはあったのだが、正式に紹介されてお話しするのは初めてだった。しかし、ちょっと話しただけで、実に頭のいい人だということがわかった。打てば響くというか、才気煥発というか。「ああ、この人がやってくれるのなら安心だ」と思った。

 打ち合わせも、話が早かった。全体の設定を話すと、「あとは細かいストーリーは結構ですから、登場するキャラクターがどういう能力を持っているのかを考えてください」と言われた。そこで、この悪魔はこういう能力なので、逆にこういう攻め方ができるな、というようなことを考えては辻さんに渡した。辻さんはそのキャラクター設定をもとに、ストーリーをどんどん考えて脚本にしていった。第1話目で、僕が3話分くらいに予定していたキャラクターを全部使われたときには、ちょっと慌てた。これはすごい勢いで使われる可能性があるな、と思い、一所懸命にキャラクターを作ったのを覚えている。TVアニメとマンガの、見せ方の違いなのだろう。

 アニメは辻さんにまかせておけば安心だったが、すぐにマンガの連載も始まった。『デビルマン』を連載したのは講談社の『少年マガジン』だが、当時は『あしたのジョー』や『巨人の星』という大人も楽しめる作品が多く、大学生が読む漫画雑誌だった。「右手に(朝日)ジャーナル、左手にマガジン」という言葉があったくらいだ。アニメの場合は子供が対象なので、人間の味方になった悪魔が主人公のヒーロー物でよかった。しかし大人が相手となると、単純なストーリーでは読んでもらえない。悪魔が人間の味方になるよりは、人間が徐々に悪魔になっていったほうが、リアリティーがあるだろうと考えた。

 そうなると、主人公の不動明を悪魔世界に導く案内役が必要だ。僕は飛鳥了というキャラクターを作って、その役を担わせた。彼は不動明をサバト(悪魔を呼び出す儀式)に案内し、明を悪魔・アモンと合体させたところでその役目を終える。だから僕は、飛鳥了をその場で殺してしまうことにした。予定通りに飛鳥了は倒れてくれて、明に「了ー!」と叫ばせて、飛鳥了の出番は終わった。あとは不動明を思いっきり活躍させればいい、と思ったのだ。


こいつは、もしかして?
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夜の仕事場で、構想を練る。
 しかし、飛鳥了を殺して、次の回のネームをやろうと思った時。机に向かっても、どうものっていけない。しっかりした設定で、リアリティーのあるストーリーにしようとすると、不動明がデビルマンになったことを知っている人物が、どうしても必要なのだ。そこで僕は、飛鳥了が運ばれた病院のシーンから、続きを始めることにした。こうして飛鳥了は、作者である僕の思惑を超えて、生き返った。悪魔に関する定義も一からやり直そうと思い、「天敵説」を考え出して、作品世界を再構築し直した。

 驚いたことに飛鳥了は、さらに僕の予想を超えて、今度は狂気に走り出した。もともと『デビルマン』という作品では、登場するキャラクターはそう多くない。主要なキャラクターは、不動明、飛鳥了、それに明の恋人・美樹ちゃんの3人だけだ。だから、飛鳥了の成長もまた、ストーリーを広げていく上で必要な要素だったのだ。そのベースは『ガクエン退屈男』の身堂竜馬あたりにあるかもしれない。身堂竜馬もまた、最初はきれいなだけのキャラクターだったが、途中から狂気の殺人者であることがわかっていく。身堂竜馬の正体を明かした時に、石川賢がすごくビックリしていたので、今回の飛鳥了の変貌も、きっとウケるだろうと思い、僕もどんどんその狂気をエスカレートさせていった。

 おかしいな、と思い始めたのは、連載も終盤にさしかかってからだった。どうも、物語をリードしているのは、主人公の不動明ではなく、飛鳥了のような気がしてきたのだ。場面によっては、どっちが主役かわからないような感さえある。よく考えると、飛鳥了にはいろいろ不思議なことがあった。なぜ彼は、悪魔への対処方法をよく知っているのだろう? なぜ悪魔世界やデビルマンの誕生について詳しいのだろう? 自分の中で、飛鳥了の正体に対する疑問が湧いてきた。「こいつは、もしかして……?」。その結論が、飛鳥了=サタンだったのだ。しかし、まさか彼がサタンになろうとは、途中まで作者である僕も、全く考えていなかった。

 自分で生みだしたキャラクターなのに、そのキャラクターの言動から本質を想像していったわけである。その言動にしたって、僕が考えているわけなのだけれど。『デビルマン』の場合は、不動明を追って描いていってもうまく進まないので、飛鳥了に何かやらせてみる、ということを繰り返していた。一度何か意表をつく行動を取らせると、もう後へは戻れない。水面に小石をポンと入れると、波紋が大きく広がっていくように、彼の本質もどんどん深まり、ストーリーは意外な方向へ拡大していった。

 当時はあまり意識していなかったのだけれど、ストーリーマンガには、ギャグマンガとは違う面白さがあった。それは、キャラクターが僕の思惑を超えて育っていく、ということだ。『デビルマン』でいえば、一番僕の予想を超えて変わっていったのは、飛鳥了だった。ストーリーマンガを描いていると、よくこういうことが起こる。その最初の体験が、最後まで描き上げた最初のストーリー連載、『デビルマン』の飛鳥了だったのだ。

<第28回/おわり>

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