永井豪天才マンガ家の作り方教えます! 永井豪、初の自伝的エッセイ 豪氏力研究所
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マンガはライヴだ! キャラクターが思いもかけない変貌を遂げる一番の理由は、僕が「ストーリーを最後まで決めない」からだ。まず、そうしたほうが絶対面白い作品になる。次に、そうしたほうが描いていて自分が面白い。また、デビュー以来ずっと締め切りに追われていたので、ストーリーを最後まで考えて、それからネームをやるような時間の余裕がない。だから、ネームを紙に起こしながら、ストーリーを作っていく。


ススムちゃんには僕も大ショック!
『デビルマン』の飛鳥了は、チョイ役ですぐに死ぬはずが、大魔王サタンにまで成長してしまった。その本当の理由は何か、と考えてみたことがある。──そういうと、僕が何かオカルト的なことを言うんじゃないか、と思う人がいるかもしれない。「神の啓示があった」とか、「そのとき自分に悪魔が憑依していた」とか、「自動書記状態だった」とか。でも、そんなことはない。もう、全然ない。

確かに、悪魔や鬼を描いているときは、他の作品に比べてやたら疲れる。『デビルマン』の連載中には、どうにも体がきつくて、プロになって初めて他の作品を終わらせてもらったことがあった。『手天童子』のときも、毎晩夢の中に鬼が出てきてうなされ、疲労困憊状態で描いていた。でも目が覚めてから「あの鬼、造形が面白かったから描こう」と、作品に登場させたりしたけれど。

僕はそういう体験をすると、他人に「鬼に取り憑かれちゃってね」と真顔で話したりする。まあ、ちょっと不思議で気味が悪いのは事実だけれど、実際はどちらかというと、相手を面白がらせようと思って言っているのだ。だから、全部本気に取られても困ってしまう。悪魔や鬼を描いていると疲れるのは、そういった異世界の住人にリアリティーを持たせるために、想像力を振り絞る必要があるからだろう。それに、始終悪魔や鬼のことを考えていると、とんでもない悪夢を見ても不思議じゃない。要は、想像力(イマジネーション)の豊かさがもたらすのだ。

キャラクターが思いもかけない変貌を遂げる一番の理由は、僕が「ストーリーを最後まで決めない」からだ。まず、そうしたほうが絶対面白い作品になる。次に、そうしたほうが描いていて自分が面白い。また、デビュー以来ずっと締め切りに追われていたので、ストーリーを最後まで考えて、それからネームをやるような時間の余裕がない。だから、ネームを紙に起こしながら、ストーリーを作っていく。主要なキャラクターの性格をとことん突き詰めて、「こいつならどうするだろう?」「こいつにこんなことをさせたら面白いな」と考えて、ドラマを進めていくのだ。

これは長編連載に限らず、短編でもそうだ。たとえば『ススムちゃん大ショック』というSF短編がある。「親が子供を殺しちゃって、それが日本中で同時に起きたら恐いな」と思って、すぐネームを描き始めた。ススムちゃんがマンホールの下の下水道を走っているイメージが浮かんだので、あとはどんどん転がしていったのだ。ラストを考えるときは「ススムちゃんはいい子だから、回りの仲間が止めても親を信じて家に戻るだろうな。行かせてあげよう」と思い、帰らせてあげた。そうしたら、なんとお母さんに殺されてしまった。「ありゃ! こうなったか」と、作者もビックリである。


マンガを描く面白さ
こう書くと、まるでストーリーがどこからか降ってきたみたいだけれど、そうじゃない。たぶん、こういうことだろう。ストーリーを進めていくと、次第に先の選択肢は少なくなっていく。一方で「面白くしたい」「意外性を出したい」「キャラクターに矛盾は持たせない」「予定ページ数で終わらせなくちゃ」などの条件がある。すると頭の中では、無意識のうちに何百何千ものストーリーがシミュレートされ、取捨選択されて、最後に条件を全部満たすものが、いいアイディアとして浮かび上がってくるのだ。そしてもう一度、そのアイディアを冷静な目で再検討して、「やっぱりコレやー!」と自信が持てたら描く。たぶん、将棋を指す人も同じことをやっているのだと思う。

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デビュー当時。夜、一人で笑い転げることもあった。
全部の条件を満たすアイディアが浮かぶと、同時にそのシーンがビジュアルに浮かんでくることがある。『ススムちゃん大ショック』の場合は、ススムちゃんの首の絵が浮かんで、「あ、これで終わるとカッコいいなあ」と思った。「カッコいい」というと誤解されるかもしれないが、要するに意外性があり、インパクトもあり、強烈なメッセージもあり、きれいにページ数もまとまるエンディングだったのだ。もちろん、必ずしも浮かんだ絵をそのまま描くわけじゃない。最後に必ず、作品全体にバグがないかどうか検証して、この場合はこのシーンで終わるのが一番いい、と判断したら描くのだけれど。

ギャグマンガの場合も、基本は同じなのだけれど、最後の検証作業はやらないことにしている。ギャグを検証したところで、読者が笑うかどうかは、出してみないとわからない。だから、ギャグのセオリーというものがあるのかないのかわからないけれど、自分が笑えるということを一番重視している。デビュー当初はギャグマンガ専門で、アシスタントもいなくて一人で描いていた。明け方が近づくと、頭がハイになってくる。すると、自分で考えたギャグに笑いが止まらなくなってしまうことがよくあった。「こ、これは面白い!」と、一人で涙を流して笑い転げるのだ。こういうときは往々にして、翌日読み返すと何が何だかわけがわからない。でも、「自分でこれだけ笑ったんだからいいや!」と割り切って、そのまま編集者に原稿を渡していた。

マンガ家の中には、最後までストーリーができてないと不安で描き始められない、という人もいるらしい。でも自分には、ストーリーを決めないやり方がとっても合っている。あらかじめあんまりガチガチにストーリーを決めてしまうと、描いていてちっとも面白くないのだ。急にアドリブを入れたり、予定より長くなったり短くなったり、ハプニングがあったり、ちょっと失敗したり、思わぬ人が急に目立ったり。そういうことが起きるから、僕はマンガを描いていて楽しいのだ。「やっぱり、マンガはライヴだなあ」とつくづく思う。

いろんなキャラクターが成長したり変貌したり、本性を現したりする中で、珍しくほとんど変化しなかったキャラクターもいる。『デビルマン』でいうと、主人公・不動明の恋人、牧村美樹ちゃんがそうだ。これはどうしてだろうか、その話はまた次回。

<第29回/おわり>

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