永井豪天才マンガ家の作り方教えます! 永井豪、初の自伝的エッセイ 豪氏力研究所
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牧村美樹は幸せか 『デビルマンレディー』の連載中も、そうだった。読者に「レディーは美樹ちゃんでしょう」と予想されてしまうと、「絶対そうするもんか!」と思ってしまう。それでもあんまりそう言われるので、“美樹ちゃん=レディー論争”に引導を渡すために、不動ジュンの弟のガールフレンド、というチョイ役で登場させた。


レディーは美樹ちゃん?
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仕事場で電車遊び。まだ二十歳そこそこだったのです。
『デビルマン』では、不動明の恋人・牧村美樹が、市民による“悪魔狩り”によって殺されてしまう。作品の中で最もショッキングなシーンとして、この場面を覚えている読者も多いようだ。本当に、キャラクターの運命というのは、描いている本人もわからない。美樹ちゃんについて言えば、性格はキツイけど、頭もいいし、カッコいい女の子だから、飛鳥了のように発展させようと思えば、出来たはずなのだ。でも、そうしなかった。彼女の運命を決定する岐路に来たときに、ずっと「発展させない」という選択肢を選んできたということになる。

 美樹ちゃんを活躍させるつもりなら、『デビルマン』本編でなくてもいい。僕は『デビルマン』の続編や、世界を共有する作品をいくつも描いているので、その中で大活躍する役どころを与えることも、できただろう。でも、結局そういうことにはならなかった。このことも、キャラクターは僕の予定通りには動かない、という見本だ。たとえば1997年から『デビルマンレディー』という作品を週刊モーニングで連載した。この時などは、美樹ちゃんのキャラクターを発展させる、最大のチャンスだっただろう。実際、「レディーの正体は、牧村美樹なんでしょう?」と、ファンや周囲の人から何回も聞かれた。でも、そういうことにはならなかった。

 最大の理由は、僕が「当たり前の展開になることを、すごく嫌う」からだ。『デビルマン』を連載しているときには、美樹ちゃんを一所懸命描いているし、性格付けもしっかり考えていたので、誰もが生き残ると思っていた。でも僕は、読者にそう思われてしまうと、逆に「生き残ったら、当たり前の展開になってしまう」と考えたのではないだろうか。このへんの計算は、前回書いたように、無意識のうちに瞬時にシミュレーションしていたので、「きっと、そう感じたんだろう」と考えるしかないのだけれど。

『デビルマンレディー』の連載中も、そうだった。読者に「レディーは美樹ちゃんでしょう」と予想されてしまうと、「絶対そうするもんか!」と思ってしまう。それでもあんまりそう言われるので、“美樹ちゃん=レディー論争”に引導を渡すために、不動ジュンの弟のガールフレンド、というチョイ役で登場させた。『デビルマンレディー』の中では、特に必要なエピソードではなかったのだけれど。


“戦争の物語”としての『デビルマン』
 最近になって、美樹ちゃんをキャラクターとして発展させなかった理由が、実はもう一つあるような気がしてきた。きっかけは、『デビルマン』の中にある“戦争の影”に気がついたことだ。『デビルマン』を“戦争の物語”として置き換えると、美樹ちゃんは、戦地に旅立った明を故郷で待つ婚約者、ということになる。デビルマンたちが戦士で、人間たちが民間人だ。やがて本土までもが戦場になって、非戦闘員である美樹ちゃんも、戦いに巻き込まれ、非業の死を遂げた。もちろん、彼女が生き残ったほうが明も幸せだったろう。でも、明の婚約者だけ生き残って、戦いの悲惨さを描き切れたかどうか。第2次世界大戦でも東京大空襲で、これから恋をしようかというお嬢さんたちが、大勢亡くなった。イラクでも、アメリカの空爆が始まれば、大勢の民間人が死ぬ。それが、戦争の現実なのだ。

 あるいは、こうも考えられる。人間・牧村美樹を愛し、命に代えて守ろうとした明が、美樹ちゃんがデビルマンになって、戦争に参加することを望んだだろうか。美樹ちゃんがデビルマンになって生き残って、二人は本当に幸せなのだろうか。美樹ちゃんは最後まで人間だった、というほうが、美樹ちゃんも、美樹のために戦った明も、幸せだったんじゃないだろうか。『デビルマンレディー』は『デビルマン』世界の、一種のパラレルワールドなのだが、何気なく登場させた美樹ちゃんは、とても幸せそうだった。だから、美樹ちゃんはこれでよかったんだと、僕は思っている。

 ところで、『デビルマン』を“戦争の物語”、そして不動明を“日本”ととらえると、いろいろ面白い符合が発見できる。悪魔の「無差別合体」により、不動明は無理矢理デビルマン(戦闘員)にさせられてしまうのだが、これは日本が無理矢理戦争に引きずり込まれる象徴とも思える。飛鳥了は、不動明に「デビルマンになれ」、つまり武装して戦争に参加しろと誘いに来る役だが、なぜか彼は金髪で、どうみても西洋人の顔をしている。了はサタンつまり堕天使で、もとは天使だ。天使の描かれた宗教画を見ると、天使は鷲や鷹など“猛禽類”の羽根を持っている。猛禽類を象徴として、日本に武装を促す存在──。どこかの国が思い浮かんでしまう。

 ほかにも、大勢の人質を取って明に迫るジンメンとは何なのか。昔アモン(不動明と合体した悪魔)を愛していたが、結局明と戦うことになり、了の援護により敗れ、カイムと合体してようやく安寧を手に入れるシレーヌとは、何なのか。色々考えてみると、これまでの世界史に奇妙に符合したり、未来に対して暗示的だったりして面白い。最後に明は、体の半分を失ってしまうけれども、これはどういう日本の未来を象徴しているのだろうか──?

 ……なんてことを書いてはみたけれども、たまに鵜呑みにして信じてしまう人がいるから、ここでハッキリ言っておきたい。この符合は、ただの“シミュレーション遊び”の結果なので、信じてはいけません。僕は予言者ではないし、教祖でもない。『デビルマン』だって、予言の書ではなく、僕の創作したマンガだ。日本は戦争に向かうんだと考えたり、妙なカルト宗教団体に騙されたりしないようにね!

 僕がデビューした当時、手塚治虫先生たちのSFマンガには“明るい未来”があふれていた。でも僕は、人間なんて環境によってどうにでも変わるのであり、追い詰められたら何をやるかわからない、と考えていた。では逆に、暗い世界をとことん掘り下げていくことによって、逆にポッと、版画のように明るい希望を浮かび上がらせる、そんなことができないものか。僕はそう思って、『デビルマン』を描いた。そして、その目的は達成できたんじゃないか、と思っている。

<第30回/おわり>

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