 |
最近になって、美樹ちゃんをキャラクターとして発展させなかった理由が、実はもう一つあるような気がしてきた。きっかけは、『デビルマン』の中にある“戦争の影”に気がついたことだ。『デビルマン』を“戦争の物語”として置き換えると、美樹ちゃんは、戦地に旅立った明を故郷で待つ婚約者、ということになる。デビルマンたちが戦士で、人間たちが民間人だ。やがて本土までもが戦場になって、非戦闘員である美樹ちゃんも、戦いに巻き込まれ、非業の死を遂げた。もちろん、彼女が生き残ったほうが明も幸せだったろう。でも、明の婚約者だけ生き残って、戦いの悲惨さを描き切れたかどうか。第2次世界大戦でも東京大空襲で、これから恋をしようかというお嬢さんたちが、大勢亡くなった。イラクでも、アメリカの空爆が始まれば、大勢の民間人が死ぬ。それが、戦争の現実なのだ。
あるいは、こうも考えられる。人間・牧村美樹を愛し、命に代えて守ろうとした明が、美樹ちゃんがデビルマンになって、戦争に参加することを望んだだろうか。美樹ちゃんがデビルマンになって生き残って、二人は本当に幸せなのだろうか。美樹ちゃんは最後まで人間だった、というほうが、美樹ちゃんも、美樹のために戦った明も、幸せだったんじゃないだろうか。『デビルマンレディー』は『デビルマン』世界の、一種のパラレルワールドなのだが、何気なく登場させた美樹ちゃんは、とても幸せそうだった。だから、美樹ちゃんはこれでよかったんだと、僕は思っている。
ところで、『デビルマン』を“戦争の物語”、そして不動明を“日本”ととらえると、いろいろ面白い符合が発見できる。悪魔の「無差別合体」により、不動明は無理矢理デビルマン(戦闘員)にさせられてしまうのだが、これは日本が無理矢理戦争に引きずり込まれる象徴とも思える。飛鳥了は、不動明に「デビルマンになれ」、つまり武装して戦争に参加しろと誘いに来る役だが、なぜか彼は金髪で、どうみても西洋人の顔をしている。了はサタンつまり堕天使で、もとは天使だ。天使の描かれた宗教画を見ると、天使は鷲や鷹など“猛禽類”の羽根を持っている。猛禽類を象徴として、日本に武装を促す存在──。どこかの国が思い浮かんでしまう。
ほかにも、大勢の人質を取って明に迫るジンメンとは何なのか。昔アモン(不動明と合体した悪魔)を愛していたが、結局明と戦うことになり、了の援護により敗れ、カイムと合体してようやく安寧を手に入れるシレーヌとは、何なのか。色々考えてみると、これまでの世界史に奇妙に符合したり、未来に対して暗示的だったりして面白い。最後に明は、体の半分を失ってしまうけれども、これはどういう日本の未来を象徴しているのだろうか──?
……なんてことを書いてはみたけれども、たまに鵜呑みにして信じてしまう人がいるから、ここでハッキリ言っておきたい。この符合は、ただの“シミュレーション遊び”の結果なので、信じてはいけません。僕は予言者ではないし、教祖でもない。『デビルマン』だって、予言の書ではなく、僕の創作したマンガだ。日本は戦争に向かうんだと考えたり、妙なカルト宗教団体に騙されたりしないようにね!
僕がデビューした当時、手塚治虫先生たちのSFマンガには“明るい未来”があふれていた。でも僕は、人間なんて環境によってどうにでも変わるのであり、追い詰められたら何をやるかわからない、と考えていた。では逆に、暗い世界をとことん掘り下げていくことによって、逆にポッと、版画のように明るい希望を浮かび上がらせる、そんなことができないものか。僕はそう思って、『デビルマン』を描いた。そして、その目的は達成できたんじゃないか、と思っている。
<第30回/おわり>
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